三八式歩兵銃


三八式歩兵銃(さんはちしきほへいじゅう、さんぱちしきほへいじゅう)は、1900年代中期に開発・採用された大日本帝国陸軍の小銃。

日清戦争で主に使用された村田経芳開発の十三年式・十八年式村田単発銃に代わる、有坂成章開発の近代的な国産連発式小銃である三十年式歩兵銃は、1904年(明治37年)から翌1905年にかけて行われた日露戦争において、帝国陸軍の主力小銃として使用された。
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三八式歩兵銃 wikipedia
目次
1.大日本帝国陸軍
2.日露戦争
3.三八年式実包
4.特徴
5.動画
6.関連
7.関連商品




大日本帝国陸軍

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大日本帝国陸軍(だいにっぽんていこくりくぐん、だいにほんていこくりくぐん、旧字体:大日本帝國陸軍、英: Imperial Japanese Army)は、1871年(明治4年) - 1945年(昭和20年)まで日本に存在していた軍隊組織である。通常は、単に日本陸軍や帝国陸軍と呼ばれた。解体後は、別組織である陸上自衛隊との区別などのため旧日本陸軍もしくは旧帝国陸軍という名称も使用される。
大日本帝国陸軍 wikipedia 

日露戦争

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日露戦争(にちろせんそう、ロシア語: Русско-японская война ルースカ・イポーンスカヤ・ヴァイナー、英語: Russo-Japanese War、1904年(明治37年)2月8日 - 1905年(明治38年)9月5日)は、大日本帝国とロシア帝国との間で朝鮮半島とロシア主権下の満洲南部と、日本海を主戦場として発生した戦争である。両国はアメリカ合衆国の仲介の下で終戦交渉に臨み、1905年9月5日に締結されたポーツマス条約により講和した。
講和の結果、ロシア領の南樺太は日本領となり樺太庁が設置され、ロシアの租借地があった関東州については日本が租借権を得て、関東都督府が設置された。
日露戦争 wikipedia 

三八年式実包

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三八式実包(さんはちしきじっぽう)とは、大日本帝国陸軍によって開発された6.5mm小銃弾である。三八式歩兵銃などの火器で使用された。三十年式実包を尖頭銃弾に改良したものであり、三十年式実包とは完全に互換性があった。

本実包は1906年(明治39年)より陸軍技術審査部において研究を行ない、1907年(明治40年)9月に制定、1913年(大正2年)2月に改正された。最大の特徴は、日本初の尖頭銃弾(「四〇式銃弾」と呼称)という点である。以前採用していた三十年式歩兵銃の円頭銃弾と比較して、骨部に命中した際、貫通力が優れるため、大きな骨創を与えることができた。ただし、肉部への損傷は比較的小さく、不殺銃弾ともよばれる。また、三十年式実包よりも弾丸重量を減らし、装薬を増量することで、より初速を高めていた。開発にあたり、三八式実包はドイツで1903年に採用されたS弾の影響を受けている。
三八年式実包 wikipedia 

特徴

有坂成章の設計による三十年式歩兵銃を、南部 麒次郎が改良・再設計したボルトアクション式小銃。明治38年(1905年)に「三八式歩兵銃」の名で制式化された。
 三八式歩兵銃は6.5mmという小口径弾を採用していた。口径の割に銃身が長く慣性質量が大きめなため、射手の肩にかかる反動衝撃は小さく、発射音や銃口ブラストも小さかった。小柄な射手でもガク引きを起こしにくく、リラックスして引き金を引き絞ることができた。
 三十年式歩兵銃との外見上の大きな違いは機関部を覆う遊底覆(ダストカバー)の有無である。これは三十年式歩兵銃の大陸での使用に際して、黄砂が機関部に入り込み作動不良を頻発させたことへの対策として追加された。また、ボルトハンドルの形状が楕円形になっていることが挙げられる。
 三八式の初陣は1914年の青島で、本格的に投入されたのは1918年のシベリア出兵である。そして1931年の満州事変以後は、中国軍の装備するマウザー98ライフルと本格的に対決することとなった。
 小口径ゆえの威力不足も懸念されたが、小銃同士の撃ち合いでは、三八式は中国軍のドイツ製7.92mm×57小銃弾にもいささかも負けなかったという。これは小口径で高初速を実現した6.5mm実包が、今日の5.56mm×45弾を先取りした理想的小銃弾に近かったことを物語っている(同じ銃弾を使用する帝政ロシアの自動小銃フェデロフM1916がそれを証明している)。1939年に九九式小銃が作られるまで、三八式は現役で使われた。
東京砲兵工廠 三八式歩兵銃 【小銃】 MEDIAGUN DATABASE 

日露戦争」において、日本陸軍の主力小銃として使用されていた、三十年式歩兵銃に改良を加えて誕生し、「第一次世界大戦(主に日独戦争)」にて初めて実戦投入された。
以降は日本海軍にも供与され、主力小銃として「シベリア出兵」「満洲事変」「第一次上海事変」「支那事変」「第二次上海事変」「張鼓峰事件」「ノモンハン事変」などで使用されている。

第二次世界大戦が終了すると直ちに日本軍の武装解除が行われ、東南アジア戦線では三八式などを現地勢力が所持するようになった。のちのベトナム独立戦争(第一次インドシナ戦争)では独立派勢力がこの三八式を使用したとの記録もあり、またベトナム戦争でもベトコンが使用していたという記録がある。
三八式歩兵銃 ピクシブ百科事典 


動画

 大日本帝国陸軍 三八式歩兵銃/ Japanese Type 38 Infantry Rifle
  

 三八式歩兵銃 (初期型) 実銃レビュー Part 1
  

 三八式歩兵銃 (初期型) 実銃レビュー Part 2
  


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