三年式機関銃


615
三年式機関銃(さんねんしききかんじゅう)は、1914年(大正3年)に制式化された、大日本帝国陸軍(以下陸軍という)の制式機関銃である。生産は当初東京砲兵工廠で行われ、後に東京瓦斯電気会社に生産委託、推定3000挺が作られた。大日本帝国海軍でも三年式機砲及び三年式機銃の名称で使用されていた。
616
三年式機関銃 wikipedia
目次
1.東京砲兵工廠
2.三八年式実包
3.特徴
4.画像
5.動画
6.関連
7.関連商品




東京砲兵工廠

617

東京砲兵工廠(とうきょうほうへいこうしょう)は、日本陸軍の兵器工廠である。1871年(明治4年)から1935年(昭和10年)にその機能を小倉工廠に移転するまで操業し、小銃を主体とする兵器の製造を行った。また、官公庁や民間の要望に応えて、兵器以外のさまざまな金属製品も製造した。
東京砲兵工廠 wikipedia 

三八年式実包

618
三八式実包(さんはちしきじっぽう)とは、大日本帝国陸軍によって開発された6.5mm小銃弾である。三八式歩兵銃などの火器で使用された。三十年式実包を尖頭銃弾に改良したものであり、三十年式実包とは完全に互換性があった。

本実包は1906年(明治39年)より陸軍技術審査部において研究を行ない、1907年(明治40年)9月に制定、1913年(大正2年)2月に改正された。最大の特徴は、日本初の尖頭銃弾(「四〇式銃弾」と呼称)という点である。以前採用していた三十年式歩兵銃の円頭銃弾と比較して、骨部に命中した際、貫通力が優れるため、大きな骨創を与えることができた。ただし、肉部への損傷は比較的小さく、不殺銃弾ともよばれる。また、三十年式実包よりも弾丸重量を減らし、装薬を増量することで、より初速を高めていた。開発にあたり、三八式実包はドイツで1903年に採用されたS弾の影響を受けている。
三八年式実包 wikipedia 


特徴

3年式機関銃38式歩兵銃と同じ弾薬を用いる。ただし保弾板に装着して銃本体に装填する。この保弾板は黄銅製で1枚板から恐らくプレス加工で打ちぬかれたつめをもって銃弾を保持する。1発1発弾を詰め込むわけだが、結構退屈な作業で装填する兵士も退屈ではなかったのかと思える。保弾板は30発装填だが、継ぎ足しができる。そのために、間髪なく射撃ができた。ちなみに保弾板は継ぎ足さないで撃ち尽すと保弾板自体も右にすっとんでいく。この保弾板は使い捨てではなく、何度でも使えたし使わないといけなかった。ただし、1度使うと銃弾を保持する爪が多少変形して確実に保持できなくなるために、この爪用の修正器があり、それで修正して再装填していた。20回ぐらいは支障なく使えたという。
 この保弾板はそのままで弾薬箱に入っていたわけではなく、専用の紙箱(紙くずが付かないように内側に特殊な紙が貼りつけられている)に保管していた。無論、この紙箱も使い捨てではなく何度も使用していたし使用しないといけなかった。
 保弾板はさらに専用の弾薬箱があった。
3年式機関銃 


画像

613
出典:日本の武器兵器

614
出典:日本の武器兵器 


動画

 [日本軍]三年式と九二式重機関銃 Type3&Type92 Heavy Machine Gun
  


関連