コルトSAA


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コルト・シングルアクション・アーミー(英語: Colt Single Action Army)とは、西部開拓時代に使用されていた回転式拳銃。生産は現在でも継続されている。通称は「ピースメーカー」。1872年から20年ほどアメリカ陸軍に制式採用されており、この際の制式名はM1873

装弾数は6発。弾薬には.45LC(ロングコルト)弾を使用するが、ウィンチェスターライフルと弾薬の互換性を持たせるため、.44-40弾を使用する物も存在していた。当初は黒色火薬を用いた弾薬を前提とした設計であったが、後に無煙火薬にも対応した。能動的な安全装置は持たない。
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コルト・シングル・アクション・アーミー wikipedia
目次
1.コルト・ファイヤーアームズ
2.45ロング・コルト弾
3.特徴
4.ワイアット・アープ
5.画像
6.動画
7.関連
8.関連商品



コルト・ファイヤーアームズ

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Colt Single Action Army® Revolver
http://www.colt.com/Catalog/Revolvers/SingleActionArmy%C2%AE.aspx 


45ロング・コルト弾

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.45ロング・コルト弾は1872年に開発されたアメリカ陸軍に採用された拳銃弾である。

開発された当初はガンパウダーには黒色火薬を使用していたが、後に無煙火薬を使用する弾も作られるようになった。
1904年には.45ロング・コルト弾を自動拳銃に適合するように短縮し、リムレス化した.45ACP弾が開発された。
開発年こそ1872年と140年以上前だが現在でもこの弾を使用する銃が存在するため、生産が行われている。
.45ロング・コルト弾 wikipedia 

特徴

1872年に米国Colt's Manufacturing Companyより開発され、
翌年からM1873として米陸軍に採用された金属薬莢式ソリッドフレームリボルバーの呼称である。
SAAと省略されることもある。

人々を平等にする力(装置)としての意を込めて「イコライザー」、構造と装弾数をもじって「シックスシューター」や「シングルシックス」と言われることもある。
米軍におけるモデルNoおよび呼称はモデル1873が正式。
シングルアクション「アーミー」と名が付くが、陸軍専用と言う意味ではなく、
当時のコルト大口径モデルの伝統(それまでは大抵.44口径モデル)に従った命名となっている。
シングルアクションアーミー ピクシブ百科事典 

銃身長の違いによってそれぞれ、

シェリブズ(3インチ、保安官用)
シビリアン(4-3/4インチ、民間用)
フロンティア or アーティラリー(5-1/2インチ、砲兵用)
キャバルリー(7-1/2インチ、騎兵用)
バントラインスペシャル(8インチ以上のバレルを持つSAAの通称)

 と呼ばれている。なお、バントラインスペシャルは、8、8-1/2、9、9-1/2、10、10-1/2、12、14インチの各バレルが存在した(ちなみにアメリカ西部開拓時代の保安官である"ワイアット・アープ"が使っていたバントラインスペシャルだけは銃身が16インチあったらしい)。
 モデルによって、フロントサイト、リアサイト、ハンマー、シリンダー、トリガーガード等の形状・位置が違うのが特徴(エジェクターロッドヘッドに関しては、フルムーンタイプとハーフムーンタイプのものがある)。
コルト S.A.A / Colt Single Action Army 【回転式拳銃】 MEDIAGUN DATABASE 

その名のとおり作動方式はシングルアクション。撃つ前にはハンマーを起こす必要がある。この際、親指でハンマーを起こせば「サミング」、もう片方の掌で起こせば「ファニング」と呼ばれる。

現在よく知られるリボルバー拳銃のようなスイングアウト(弾倉が横にずれる方式)はせず、再装てんの際はフレーム後方にあるローディングゲートを開き、一発ずつ空薬きょうを取り出し、一発ずつ装てんする必要がある。
SAAが登場するシーンで「スピードローダー使えばいいじゃん」とか発言すると鼻で笑われるぞ!
このように再装てんに時間がかかるのが弱点だが、そのシンプルな構造ゆえ耐久性が高く、高威力の45ロングコルト弾を問題なく撃つことができた。
同時期に存在した他社の中折れ式リボルバー(銃身が中央部で折れて弾倉が露出するようになっている銃)ではフレーム強度の問題で、45ロングコルト弾より威力が劣る弾しか撃てなかった(スイングアウト式の銃はまだ登場していなかった)。そのためアメリカ陸軍ではSAAが正式採用されることとなる。
SAA ニコニコ大百科 


ワイアット・アープ

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ワイアット・ベリー・スタップ・アープ(Wyatt Berry Stapp Earp、1848年3月19日 - 1929年1月13日)は、アメリカ西部開拓時代の保安官。

イリノイ州生まれ。20歳のころバッファロー狩りで生計を立てガンマンとして有名になった。1870年、ウリラ・サザーランドと結婚・死別後、1875年にはカンザス州ウィチタの保安官事務所で働いていたが、1876年4月、仲間と口論して解雇された。1878年、やはりカンザス州のフォード郡ドッジシティで新たに保安官事務所に勤務し、1878年、保安官チャーリー・バセット(英語版)の下で保安官助手に任命された。
1879年9月にやり方の荒っぽさからドッジシティを追放され、アリゾナ州のトゥームストーンに移り住み、農業のかたわら賭博場の胴元、売春宿の経営者になった。3か月後、兄のバージル・アープ(英語版)がトゥームストーンの保安官に就任した。 1881年、アープ兄弟はクラントン兄弟をはじめとするカウボーイズ(英語版)と呼ばれる土着の牧童達と、「OK牧場の決闘」と呼ばれる事件を起こす…
ワイアット・アープ wikipedia 


画像

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動画

 実弾射撃 コルト SAA ピースメーカー (Colt SAA Peace Maker)
  

 The Colt Single Action Army Revolver
  

 Colt Single Action Army Fun
  


関連