ベレッタM1951


ベレッタM1951(Beretta M1951)は、イタリアの銃器メーカーであるピエトロ・ベレッタ社が開発した自動拳銃である。1953年-1980年まで生産され、ベレッタM92が制式採用されるまでイタリア軍の制式拳銃であった。
M1951はM951とも呼ばれ、また、バリエーションとしてフルオート射撃が可能なM1951R(M951R)も存在する。M1951Rの装弾数は10+1発。
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ベレッタM1951 wikipedia
目次
1.ファブリカ・ダルミ・ピエトロ・ベレッタ
2.特徴
3.画像
4.動画
5.関連
6.関連商品



ファブリカ・ダルミ・ピエトロ・ベレッタ

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http://www.beretta.com/it-it/

ファブリカ・ダルミ・ピエトロ・ベレッタ(伊: Fabbrica d'Armi Pietro Beretta、ピエトロベレッタ火器工業)はイタリアの大手銃器メーカー。本社はイタリア北部ブレシア郊外のガルドーネ・ヴァル・トロンピア。 現在は拳銃、ライフル銃、短機関銃、散弾銃などの幅広い銃器類を生産している。これらは軍用・警察用・民間用・競技用として世界各国で使用されている。
現在、フィンランドの小銃メーカー、SAKO社とその傘下のティッカ社を買収し、傘下に置いている。

ベレッタ社の設立は公式な記録では1680年であるが、それ以前からベレッタ家は銃器の製造を行っていた。最も古いものでは1526年にヴェネツィアがマエストロ・バルトロメオ・ベレッタ(ここでの「マエストロ」は名前ではなく“親方”の意で敬称)に対しマスケット銃を注文したという記録が同社に保管されている。
ピエトロ・ベレッタ(1791年 – 1853年)はベレッタ社の中興の祖と言われる。ピエトロはベレッタ社の生産設備を近代化し軍用、民間用のマーケットで成功に導いた。
第一次世界大戦中、ピストル不足に悩むイタリア軍からの発注でM1915を開発。これをきっかけにイタリア最大の拳銃メーカーとなる。
1934年にはM1934がイタリア軍の制式拳銃として採用される。第二次世界大戦ではイタリア軍に武器を供給したが、イタリア政府降伏後、一時的にドイツに接収される。終戦後、残った部品を集めM1934の生産を再開した。 1956年のメルボルンオリンピックのクレー射撃でベレッタ社の銃が初めて金メダルを獲得。その後オリンピックや世界選手権で数多くのメダルを勝ち取っている。
1985年にはアメリカ陸軍がコルトM1911A1の後継拳銃に92FM9として制式採用する。
ファブリカ・ダルミ・ピエトロ・ベレッタ wikipedia

特徴

ハンマー露出式のシングルアクション撃発機構で、ドイツのワルサー P38に似たショートリコイルと降下式のロッキングブロックが組み込まれている。ベレッタ初のブリーチ閉鎖式の自動拳銃で、1980年まで製造され、M92の元型ともなった。
 同社のM1934の後継としてイタリア軍に採用されたほか、エジプトやイラクでもライセンス生産された。

 1955年には対テロ用としてM1951Rが開発された。"R"は"Raffica(伊)"の略で、"Burst(英)"の意。
 これはフルオート機構を持った機関拳銃で、後にベレッタ M93Rのモデルにもなっている。フォアグリップを付けマガジンを10発に延長しているが、制御が難しく高度な訓練を必要とした。

 1963年には市販モデルのM952が開発された。使用弾薬が7.65mmパラベラム弾に改められたM952は、イタリアにおいて軍用弾である9mmパラベラム弾の使用が、民間では禁止されている為に作られたモデルである。
ベレッタ M1951 / Beretta M1951 【自動拳銃】 MEDIAGUN DATABASE 

スライドストップはノーマルな位置である銃の左側に移り、一方セーフティは同じクロスボルト式ながらグリップ上部後方に移った。この位置は試作モデルよりむしろ素早く操作しにくいと思われる。ただしM1934も含めそれまでのセーフティがトリガーのみをブロックするものだったのに対しM1951のそれはシアをブロックするもので、少なくとも理論上は確実性が増している。今回モデルアップした銃で操作した感じでは右利き射手が親指でこのボタンを押し込み、セーフティ解除するのはやりやすくはないものの充分可能だ。ただし左利き射手が片手でセーフティ解除するのはきわめて困難である。ただし多くの軍ではチャンバーに装填せずにピストルを携帯するよう指導されるためさほどの問題ではないという評価もある。マガジンキャッチボタンも他社にあまり例のないグリップ左側後下部にあり、これはトリガーガード付け根にあるタイプには素早い操作という点で負け、いわゆるコンチネンタルタイプにはマガジンの保持確実性(誤って脱落しにくい)という点で負ける、どういうメリットがあるのか理解しにくいデザインだ。また、マガジンキャッチも左利き射手には非常に操作しにくい。前述のようにディスアッセンブリーラッチは右側から操作するタイプに変わった。どちらかといえば左側からの方が操作しやすいだろうが、これはセーフティやマガジンキャッチとは違って緊急に操作が求められるパーツではないのでどちらでも大差はないだろう。このパーツはM92系のようなロックボタンを持たず、リコイルスプリングガイドが後方に押される圧力によって回転が妨げられるようになっている点が異なるが、ワンタッチで分解できる特徴は最新モデルまで引き継がれている。独立ロッキングブロックだけでなくグリップのデザインもかつての同盟国ドイツの制式ピストルだったワルサーP38の強い影響を受けている。個人的にはこの銃のグリップはP38よりも、またM92系よりも握りやすく感じる。現在の視点からすれば何故ダブルアクションまで真似なかったのか不思議に思われるが、当時はまだダブルアクション軍用ピストルは主流にはほど遠く、不必要と見なされたのは不自然ではない。ダブルアクション軍用ピストルが主流となったのはこの銃の開発から30年以上経過した1980年代のことである。M1934から引き継がれたトリガーメカによるトリガープルは重く、サイトも現在のM92系よりひとまわり小さかったが、ベレッタ開発チームの狙い通り命中精度はきわめて優秀だった。このため後述のようにこの銃をベースとするターゲットモデルも誕生した。操作性などに一部疑問点もあるが、全体的に見てM1951は当時としては優秀な軍用ピストルであったと評価できるだろう。
M1951ブリガディア 実銃について - nifty 


画像

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出典:http://www.aimsurplus.com/product.aspx?item=F3ber1951

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M1951R
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動画

 Beretta Model 1951 9mm
  

 Beretta 1951
  


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