スオミ KP/-31


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スオミ KP/-31とは、フィンランドで開発された短機関銃である。
“KP”とはフィンランド語で短機関銃を意味する“Konepistooli”の略称であり、スオミ(Suomi)とはフィンランドを指す言葉である。

20世紀、フィンランド国防軍の制式短機関銃は試作型のスオミM1922を経てスオミ KP/-26を使用していた。KP/-26はコッキング・ハンドルとボルトを別にし、射撃中の反動を抑えることに成功、またレシーバー後部のキャップを回転させることにより、発射速度の調整が出来て銃身の交換も容易だった。しかし、大きくカーブしたバナナ型弾倉は送弾不良などが多発した。
1930年、これまでにさまざまなフィンランド軍の兵器開発に携わっていた銃設計技師アイモ・ラハティは、KP/-26の弱点を改良したスオミ KP/-31の試作型を発表し、翌年にフィンランド軍に制式採用された。
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スオミ KP/-31 wikipedia
目次
1.フィンランド国防軍
2.アイモ・ラハティ
3.特徴
4.シモ・ヘイヘ
5.画像
6.動画
7.関連




フィンランド国防軍

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http://www.puolustusvoimat.fi/fi/

フィンランド国防軍(フィンランドこくぼうぐん、フィンランド語: Suomen puolustusvoimat, スウェーデン語: Försvarsmakten)は、陸海空の三軍からなる、フィンランドの軍隊。職業軍人16,500人のうち士官が8,700人であり、常備軍として34,700人の成員を持つ。
フィンランドは徴兵制を採用しており、18歳以上の全ての男性に6か月から12か月の兵役を課している。また、多くの訓練された予備役軍人がいる。冷戦終結後、軍事ドクトリンの変化やソ連崩壊の余波での混乱などもあって予備役軍人数は減らされた。
予備役の総数は百万名弱だが、戦時動員で部隊に配備されるのは約35万人。全ての軍は武官である国防軍司令官の指揮下にあり、国防軍司令官は大統領直隷となっている。
フィンランド国防軍 wikipedia 

アイモ・ラハティ

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アイモ・ヨハンネス・ラハティ(Aimo Johannes Lahti, 1896年4月28日 - 1970年4月19日)は、フィンランド軍の技術将校。20世紀全般にわたりフィンランド軍が使用する重火器の多くを設計、開発している。日本では紹介時の誤表記が定着し通例「ラティ」、または英語読みで「ラーティ」と記述されている。
アイモ・ラハティ wikipedia 


特徴

KP/-31は第二次世界大戦に登場した短機関銃の中で傑作の一つとみなされている。ボルトとコッキングハンドルを独立させ、発砲時に稼動する部品の重量を抑え、レシーバー後部にレートリデューサーを備えるなど、反動の抑制に優れた工夫が施されていた。また、セレクティブファイアで銃身交換も容易な設計など、セミ・フルいずれでも扱いやすさが考慮されていた。
 いっぽう本体重量だけで約5kgと、同時代の短機関銃に比べ非常に重く、71発ドラム弾倉装填時の重量は7.36kgにもなった。

 本銃は、スイス、デンマーク、スウェーデンでもライセンス生産された。
スオミ短機関銃 M1931 / Suomi KP/-31 【短機関銃】 MEDIAGUN DATABASE 

1939年にソ連軍は約70万人の兵力でフィンランドに侵攻する(冬戦争)。フィンランド軍は劣勢ながらも善戦し、M1931も大いに活躍する。
本銃を使用するスキー部隊の一撃離脱攻撃により、ソ連軍を翻弄し国外に追放して勝利をする。 最も、この戦いにはシモ・ヘイヘが参加していた。
ちなみに、ヘイヘは狙撃だけでなくサブマシンガンの名手でもある。
その後ソ連軍は、M1931を鹵獲してPPSh-41を開発する。
M1931 ピクシブ百科事典 


シモ・ヘイヘ

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シモ・ヘイヘ(Simo Häyhä['simɔ 'hæy̯hæ], 1905年12月17日 - 2002年4月1日)は、フィンランドの軍人。フィンランドとソビエト連邦の間で起こった冬戦争では、ソビエト赤軍から“白い死神”(белая смерть)呼ばれ恐れられた。スナイパーとして史上最多の確認戦果505名射殺の記録を残している。愛称は「シムナ」。フィンランド現地語の発音にあわせる場合、シモ・ハユハ、もしくはシモ・ハウハと表記するのが近い。
シモ・ヘイヘ wikipedia 

画像

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動画

 M31 / KP31 Suomi - Finland's sub machine gun
  

 Suomi M31/KP31 sub machine gun at the subgun competition.
  


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