スプリングフィールドM1903


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スプリングフィールド1903小銃(英: Springfield 1903 rifle)は、アメリカ軍のボルトアクション式ライフル(制式名M1903)である。公式には1903年6月19日から支給が開始された。M1903は第一次世界大戦および第二次世界大戦を通して使用され、1936年にセミオートマチックのM1ガーランドが制式化されるが、不具合と配備の遅れにより1942年初期頃まで第一線で運用された。M1ガーランドへの代替後も、朝鮮戦争およびベトナム戦争まで狙撃銃として使用された。

公式には4タイプの派生型があるが、副派生型もある。
スプリングフィールドM1903小銃 wikipedia 
目次
1.スプリングフィールド造兵廠
2.特徴
3.画像
4.動画
5.関連
6.関連商品




スプリングフィールド造兵廠

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http://www.nps.gov/spar/index.htm


スプリングフィールド造兵廠(スプリングフィールドぞうへいしょう、英: Springfield Armory)は、アメリカ合衆国マサチューセッツ州スプリングフィールドにかつて存在した国営の小銃開発施設である。スプリングフィールド・アーモリー(Springfield Armory)、スプリングフィールド国営造兵廠とも。

1777年、陸軍施設のスプリングフィールド工廠(The Arsenal at Springfield)が建設された。1794年、ジョージ・ワシントン初代大統領の命により各種機関を統合し、小火器の国産化を目的とするスプリングフィールド造兵廠が発足した。
南北戦争で北軍を中心に100万丁近くが使用されたM1863ライフルドマスケットで知られる。近年では、M1ガーランドM14が開発された。ベトナム戦争時に投入したM14が失敗し正式採用銃をコルト社(M16)に移管した後、1968年に閉鎖された。

閉鎖後
現在、施設敷地建物は記念公園や博物館として運営されている。「スプリングフィールド・アーモリー」のブランドは民間に売却され、1974年に民間企業のスプリングフィールド・アーモリー・インク(Springfield Armory Inc.)が創設された。旧造兵廠の小銃としてはM1ガーランドM14、そのほかM1A(M14の民間モデル)や他メーカーのライセンス製品を製造販売している。ただし、法人的には旧造兵廠となんら関係がない。
スプリングフィールド造兵廠 wikipedia 

特徴

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第一次世界大戦から朝鮮戦争までに改良されながら使用し続けられていた。1936年にM1ガーランドが出現し採用されたが、不具合と配備の遅れにより、しばらくはM1903A1とM1903A2が前線で使われていた。そして1942年に改良型でM1903A3とM1903A4が開発された。そして、本格的に全部隊に配備した際は、スナイパーライフルとして朝鮮戦争まで活躍した。
スプリングフィールドM1903 ピクシブ百科事典 

ドイツから購入したモーゼル小銃のパテントを元に設計された。
 第一次大戦ではアメリカ陸軍の主力小銃として活躍。他国に先立って騎兵銃化による取り回しの良さを実現しており、アメリカの国力を生かした大量生産でアメリカ軍の強さの原動力となった。
 その後、1936年に後継のM1ガーランドに主力小銃の座を譲るが、第二次世界大戦ではボルトアクション銃ゆえの命中精度から狙撃銃として使用されている。その後の朝鮮戦争においても、M1941が海兵隊によって広く使われた。
 初期のM1903が使用していた弾薬は.30-03(30-45)弾だったが、1906年には新型の.30-06弾へと変更されている(.30-03弾も共用可能)。この.30-06弾は先端の尖ったポイントブレットを採用し、基となった.30-03弾に比べ弾頭重量が軽く、反動の少ない優れた弾薬であった。

 なお、第一次大戦中には、機関部を取り替えて.30口径拳銃弾をセミオートで発射できる「ピダーセン・デバイス(Pedersen Device)」が開発された。このピダーセン・デバイスを組み込み可能なモデルとしてM1903A Mark.I(M1917)が開発されているが、結局は試作止まりで量産には至らなかったようである。
スプリングフィールド M1903 / Springfield M1903 【小銃】 MEDIAGUN DATABASE 


画像

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動画

 M1903 Springfield A3
  

 1903 Springfield Rifle
  

 
関連