M3サブマシンガン


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M3サブマシンガン(英: M3 Submachine Gun)は、第二次世界大戦中にジョージ・ハイドとフレデリック・シンプソンによって設計され、アメリカ軍に採用された短機関銃である。
独特の外観からグリースガン(Grease Gun、The Greaser)、ケーキデコレーター(Cake decorator、ケーキの上にクリームをしぼり出して飾りつける道具)、また、生産地からデトロイト・サブマシンガンとも呼ばれている。

開発

第二次世界大戦が勃発した際、アメリカ軍は、制式短機関銃としてトンプソンM1928およびM1928A1を採用していた。だが、トンプソンは原設計が古く、内部構造が複雑な上に重量過大かつ全長が長大で携行性に問題があった。そのため、生産性を向上すべく設計を変更。性能に影響を与えない部品などは生産性の良いものに変更するなど、外見と中身が一新された。そして、このモデルがトンプソンM1短機関銃として採用される。M1は「既存の切削加工技術の枠内では、かなり生産効率を重視した設計」に変更されたが、M1928から工程を簡略化したM1でも木製のグリップやストックを装備し、レシーバーを削り出しで製造するなど性能重視の設計だったため、MP40やステンガンなどの外国製の同種火器に比べて、コストが高く生産効率が悪かった。そこで改設計されていた撃針部分をさらに見直して生産効率を上げたM1A1も開発されたが、木製部品を多用するトンプソンは、急増する戦場からの補給要請を満たすには程遠い状況であった。
アメリカ軍では、性能を多少落としても更なる生産性を有する新型短機関銃が計画され、鋼板のプレス加工と溶接のみで製造できる本銃が開発された。試作銃の試験結果は良好で、1942年12月24日に、試作銃T20が制式名称"U.S. Submachine Gun, Cal. .45, M3 / M3A1"、略称M3の名で採用された。

開発にあたっては、自動車量産のために鋼板プレス加工と溶接技術に長けていた大手自動車メーカー・ゼネラルモータースの技術とノウハウが利用された。

バリエーション

M3
最初期型モデル。

M3A1
1944年に開発されたM3の改良型モデル。破損しやすかったコッキングレバーを省略するなどした。

M3S
第二次世界大戦中に、ベル研究所にて製造されたサプレッサー付きのモデル。OSS向けに約1,000丁が製造された。
M3サブマシンガン wikipedia 

目次
1.特徴
2.画像
3.動画
4.関連


特徴

M3はシンプル故に故障知らずで稼働率が非常に高く、その上M1A1の1/5以下の値段で製造が可能であるため、大量に製造され前線に送られた。発射速度の遅さも.45ACP弾を撃つには程よい速度で連射制御が容易であり、一般の兵卒のみならず、小火器を常用しない戦車兵の護身火器としても多用されたと云う。

 1944年には更なる簡略化をはかったM3A1が開発された。コッキング方法をもとのクランク式から、排莢口に指を突っ込んでボルトを直接動かす方式に変え、マガジンキャッチを強化するなどの改修が施された。これらにより、製造費はM3の2/3となっている。
 しかし、第二次大戦の終結に伴い、発注の大半はキャンセルとなり、約60万挺も生産されたM3に対し、M3A1の製造数は遥かに少ない1.5万挺ほどにとどまった。

 M3は第二次大戦後も朝鮮戦争やフォークランド紛争で使用された。デルタフォース創設時には、初代司令官のチャールズ・ベックウィズによって、CIAの倉庫に大量に保管されていたM3が持ち出され、部隊の訓練用として使用された。その大半が一年もしないうちにMP5と替えられたが「弾丸が.45口径で威力が高い・飛翔速度が亜音速のためサイレンサーの効果が高い」という点から特殊作戦用に少数が残された。
 アメリカ本国で引退後も、西側諸国に軍事援助として大量に供与されたM3の一部が、いまだ現用にあると伝えられている。日本の陸上自衛隊でも、創設時にアメリカ軍から供給されて以来のM3が、戦車部隊の装備として一部、今も現役にとどまっている。
ゼネラルモーターズ M3 "グリースガン" / GM M3 "Grease Gun" 【短機関銃】 MEDIAGUN DATABASE 

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見た目は、機械に潤滑油を挿す機材に形が似ていたため、愛称としてグリースガンと呼ばれた。 その他の愛称として、クリームを絞り出す道具にも似ているからケーキデコレーターや生産地を示すデトロイト・サブマシンガンとも呼ばれている。
弾薬はトンプソンと同じ.45ACP弾が採用され、サイドアームのM1911との互換性が維持されていた。 生産性を重視したためシンプルな構造になり、そのため故障が少なかった。
連射速度はトンプソンよりも遅かったが、むしろ連射時の制御が容易なため前線の兵士達には評判が高かった。
フルオートオンリーの武器ではあるが、前述の通り発射速度が低い銃なので扱い慣れればセミオート撃ちやバースト撃ちも容易であったという。

初期のM3は本体右側面にクランクハンドル型のコッキングレバーがあったが、これは手荒に扱うとすぐに壊れてしまうという欠点があった。
その為、改良型のM3A1はボルトにくぼみを付けて指で直接引くという風に変更された。
しかし、今度は撃発で熱くなったボルトを素手で触れなくなるという問題が発生した。
だが、これに関しては耐熱手袋をはめて扱うという策で解決している。

排莢口の蓋は安全装置を兼ねており、射撃時にはこれを開く必要がある。蓋を閉じた状態だとボルトが前進も後退もできなくなるので発砲が出来ない。
グリースガン  ピクシブ百科事典 

M3機関銃はヨーロッパ式の製造手順を取り入れた、米軍最初の火器となった。鋼板をプレスして筒状に丸め、半円状にしたものを溶接で貼り合わせる。米国内の工場で広く使われている設備で製造できることが前提だったため、短期間での大量生産が可能になった。

M3は空冷、ブローバック式で、銃底から30発入りの弾倉を装填する。ボルトは2本のスティール・ロッドの上をスムーズに動く。バネ式の排莢口カバーは、閉じている時は安全装置として機能するだけではなく、埃よけとしても機能した。

M3は、操作が簡単で製造が簡易なだけではない:極めて有効な兵器でもあった。ドイツ製のサブマシンガンほど洗練されてはいなかったが、イギリス製のステン・ガンに比べれば、はるかに丁寧な作りだった。効率化のために美観は犠牲にされたが、結果的に軍需品部は見た目は悪いが取り回しの良い兵器を開発することに成功したのである。

弾倉なしで、重量はわずか8ポンド(3.6キログラム)。トンプソンよりも1.5ポンド(680グラム)軽い。ストックを一杯に伸ばしても、8インチの銃身を含めて29.8インチ(75.7センチメートル)と小型だ(ストックなしなら22.8インチ=57.9センチメートル)。ストックは一本のスチール・ロッドでできており、先端はクリーニング・ロッドとしても使えるよう工夫されている。銃の全てのパーツには意味があり──不要なパーツは一つもないのだ。
グリース・ガン  Command Magazine 


画像

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動画

 U.S. M3 Submachine Grease Gun Backyard Shooting with Ohio Outdoor Journal
  

 M3 Grease Gun and HK UMP
  

 Red Jacket - Shooting the Grease Gun
  


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